HIROAKI IIYAMA OFFICIAL
 

 

 


めっせーじ {よろずご相談も承り候!}
嘘のようなちょっぴりホントのお話<エピソード1>
嘘のようなちょっぴりホントのお話<番外編>
嘘のようなちょっぴりホントのお話<エピソード2・起動編>
嘘のようなちょっぴりホントのお話<エピソード2・伝承編>
嘘のようなちょっぴりホントのお話<エピソード2・転回編>
嘘のようなちょっぴりホントのお話<エピソード2・完結編>
嘘のようなちょっぴりホントのお話<春の珍事 其の一>
嘘のようなちょっぴりホントのお話<春の珍事 其の二>
嘘のようなちょっぴりホントのお話<春の珍事 其の三>
嘘のようなちょっぴりホントのお話<端午の節句編
嘘のようなちょっぴりホントのお話<ある手紙編>


【めっせーじ {よろずご相談も承り候!}】

<keikoさんからの質問>
これは飯山さんだけではなく恭兵さんや三浦さんにもお聞きしたいことなのですが
私にとっては今でもKIDの飯山さん、恭兵さん、三浦さんです。
(勿論ほかのKIDのメンバーだった方々もです)
これって、どう思われるのかな?と以前から気になっています。
今はKIDと離れたところで活躍されてるわけだし、 いつまでも「KIDの○○さん」と言われるのは
もしかしたらご迷惑なのでしょうか?

返答にて候。
可愛い手造りの竜太股旅人形をいただき、ありがとうござんした。
同じくいただいた粘土細工の公演チラシ風パネルとともに、
居間に飾って大事にしておりやす。
おかげで、近所の猫ちゃん達もたいへん喜んでおりやす!
(股旅=マ・タ・タ・ビ?)
さて、ご質問の件にござんすが、あっしにとっても思い出深いKID !
そう呼ばれても、ち〜ぃとも迷惑じゃござんせん!!
どうぞ、呼びやすい呼び名でお呼びくだせえ。
ちなみに、今は、“宿(新宿)の別格!?・・・いや、ベッカム”
と御本家さんには無断で勝手に名乗っておりやす。

2002年11月28日(木)


【嘘のようなちょっぴりホントのお話<エピソード1>】

 とある北国の町にお母さんが大好きで、
ちょっぴり泣き虫のO君がいました。
ある日、O君はお母さんに
「ねぇ、カズキ! 今度の市民ミュージカルに一緒に出る?」
と聞かれました。
日頃は妹のゆかりちゃんにベッタリのお母さんが一緒にいてくれるんなら!と、
O君は喜んでうなずきました。
そして、町の公民館で稽古が始まりました。
その市民ミュージカルは、町の人たちが大勢、子供も大人も参加する
総勢100数名の大舞台でした。
もちろん、稽古場ではお母さんのそばを離れないO君。
同じ年頃の子供たちよりも、いつもお母さんたちのそばにいました。
綺麗なお母さんは、O君の一番の自慢です。
しかもじょうずに唄を歌い、踊るお母さんを観るのは、初めてのO君。
とてもウキウキドキドキの幸せな気分で、夢のような毎日が過ぎていきました。

 そして、町の公会堂での舞台稽古をする日が来ました。
もちろん、O君はお母さんのそばを離れません。
お母さんもO君をいつも見守ってくれていました。
そのあくる日は、本番同様の通しリハーサルがありました。
朝から町の人たちがめまぐるしく動き回り、みんな綺麗に着飾って、
まるで絵本の中の王さまや王女さまになっていきました。
お母さんの役はその国の女王さま、そしてO君の役は、
貧しい鍛冶屋の子供でした。
で、いよいよ通しリハーサルのベルが鳴りました。
やさしいお母さんは、O君に言いました。
「舞台の袖は、他の人たちの迷惑になるから、出番までは楽屋にいるのよ、わかった!?
 ママがちゃんと迎えに来るまで!」
O君はペコっとうなずき、お母さんと約束ゲンマンをしました。
そして、お母さんはステージに。
楽屋に残ったO君、楽屋モニターから聞えてくるお母さんの声に?!
どうしてもお母さんの女王さまを見たくてたまらなくなりました。
王冠をつけ、真っ赤なドレスを着て、
まるで妹のゆかりちゃんのお気に入り“リカかちゃんのパーティドレス”
バージョンのようなお母さんを!
で、O君は舞台袖でスタンバイしている大人の人たちの腰のあたりから、
そっと、ステージを覗きました・・・な、なんてきれいな女王さま!!
O君の瞳のなかで、お母さんはまぶしくキラキラ輝いていました。
すっかり、夢見る夢男くんのO君でした。
そこへ遠くから、かすかに声が聞えてきました。
「お〜い、ここ!」
アレぇ〜?!・・・あれは、となりの家のたかし君の声だ!
「お〜い、此処だってば!!」
O君は、たかし君の声が聞えてくる方へ目をこらしました。
するとその声は、な、なんとお母さんがいる方向から聞こえてる??
「お〜い、早く来いよ!」
O君は、呼ばれるままに迷わず走り出しました。
そう、O君の苗字は、“大井”なのです。
そして、ついにO君は舞台中央へ!?
その場面こそ、王子さま役のたかし君がヒロインの王女さま役のゆみちゃんを呼ぶシーン!!
そのピン・スポットの中には、着飾った王女さまではなく、
貧しい身なりの鍛冶屋の子役のO君が?!
一瞬、場内は静まりかえりました。
もちろん、舞台中央のO君は我にかえり今にも泣き出しそう・・・!!
振り向くと、お母さんも不安そうな顔!?
見る見る泣き虫O君の顔は、・・・・・・クシャクシャに!
そ、その時、場内から笑い声と拍手が!!!
もう一度、ゆっくりとお母さんを見ると、やさしく微笑んでいました。
それを見た泣き虫O君の顔が、今度は笑顔でいっぱいになりました。
で、な、なんと泣き虫O君、客席に向かって手をちいさく振り、
ペコっとお辞儀したから・・・た、大変?!
場内は、歓声と拍手と爆笑の渦に包まれました。
そしてその日から、あの泣き虫でお母さんっ子のO君は、町の人気者となりました。
今では、町の至るところで、「お〜い、此処!」と
O君を呼ぶ町の人たちの楽しそうでやさしい声が響いているとか。
・・・・・・・・・・・・めでたし、めでたし!!

                            “大井カズキ君(仮名) 8歳の初舞台日記”より   

  Merry Christmas !
          &
     A  Happy New Year !!

 追伸
   今後の参考の為、新メッセージ・コーナーのご意見ご感想をいただければ幸いです。

2002年12月24日(火)


【嘘のようなちょっぴりホントのお話<番外編>】
(※実は、この原稿は日本大学芸術学部映画学科の機関紙 “映像研究”
  来期号の「えっせい」コーナーに掲載のために依頼されたものです。)

[希望を抱き、何をすべきかを伝えるために]

 2002年2月8日、携帯のベルが鳴った。
発信者は宮澤誠一先生で、母校の講師依頼!
会うたびに「いつか呼ぶからな」「喜んで!」と言ってた宴席での話しが、現実となった。
が冷静に考えてみて、そう有名でもない役者の自分に教えることができるだろうか?!
そんな迷いも先生の一言で吹っ飛んだ。
「おまえ、25年も役者やってんだろう。今まで感じたことを学生に伝えりゃいい、
 おまえ流のやり方でやったんでいいんだ!あとは俺がちゃんとフォローするから。」
が、授業開始まであと2か月という直前の、まさしく情熱系先生らしいお誘いだった。

そしてその日から、Book・Off回りの日々となり、演技論の本をただひたすら読む毎日となった。
そんな時幸運にもあの日本映画学校の授業を見学できる機会が出来た。
しかも3年生の卒業公演に向けての稽古と各自の自由課題での発表授業を
聴講することができた。
お陰で、今の二十歳の学生諸君の現状を肌で感じ得ることができた。

まず第一は、学生が飽きない興味深い講義内容にすること。
ゆえに、独自の自分流授業スタイルを創ることに。しかも映画学科らしい演技実習を?・・・
そして考えついたのはズバリ、ビデオカメラで常時授業を撮ることだった。
それによりカメラに対するプレッシャーに慣れ、しかもカメラを通しての己が姿を確認するために。
その旨、宮澤先生に報告すると即、二人のアシスタントを就けるとの返事。只々感謝!

次の課題は学生18名と1講義2時間25分の間に均等に接しられるか?もちろん無理!
が、マン・ツー・マンのアドバイストークは自分には不可欠で決して譲れない。
で、ただ傍観しているのではなく、各自が感じたことをレポートにその場で書くようにする。
“何々さんへのアドバイス” として!俗に言う“駄目だし”だ。
(が個人的に一番嫌いな日本語なので授業では敢えてこう言う。)
そして、もう一つ。学生一人々の名前シールを貼ったトランプを造った。
その度ごとに、人選するために!

で、いよいよ初授業当日。
ノック3回扉を開けた。そして一礼して靴を脱ぐ。
目にはいってくる乱れ脱ぎ捨てられた靴たち。
私語が飛び交う教室。
宙に向けられたようなたるい挨拶の声。
そして宮澤先生が到着。自分の紹介をし、所用で即、退出。
一瞬の緊張も元のまんま。

で、まず第一声!
「はいはい、皆んな注目!」と、手を叩く。
「今日から一年間 “映画演技実習(V)”を担当する“飯山弘章”です、宜しく!
 まずは、これから配るものを見て下さい。」
と自分のプロフィール&全出演作品リストのコピーを配ってもらい、そして、続けた。
「ご覧の通り、私はそう名のある役者では、ありません。が母校を出て以来、
 20と5年間役者稼業をしており、現在も役者の末席にいます。
 この授業を通して、これまで自分が得たものすべてを皆んなに“教える”のではなく、
 “伝えていきたい”と考えていますので、どうぞ宜しく!
 では、早速 今日の授業ですが、これから皆んなが必ず経験しなくてはならないオーディションを
 体験してもらいます。」で、今度はオーディション用記入用紙を配ってもらう。
「まず、用紙に書かれている項目に記入して下さい。オーディション時間は各々5分間。
 その模様はカメラに収録し、隣のモニターTVに映し出されます。
 尚、この一年間の授業はすべてビデオ収録します。
 次に、オーディションの順番ですが、ここに皆んなの氏名が書かれたトランプを用意しました。
 これからテンを切り、終わって上からのカード順で始めます。
 が、その前に皆んなちょっと入口にある自分の靴を見て下さい。
 もし、ここが現実のオーディション会場であの靴たちを審査員が見て
 応募者に対してどう思うと思う? マイナス印象じゃん?
  いいですか、映画制作というものは多くの人たちと一緒に創っていく共同作業です。
  ですから、スムーズな人間関係を保つのには挨拶・返事・礼儀を欠かすことはできないし、
 まして、 常に見られる立場の俳優にとっては更に大切なことです。
 一流だといわれる人達で、それを怠る人は誰一人としていません。
 やるからには一流の人間をめざそうじゃん!はい、まずは靴の整理から。」
幸いなことに、学生全員が入り口に動いた。
そしてその日の授業で一番の収穫は、
“今までの学生生活二年間を顧みて、この一年の抱負を!”の返答だった。
皆一様に入学以来の二年間の不摂生を悔い、この一年に賭ける意気込みを口にした。
で思い起こされたのは、最近とみに耳にする大学の現状だった。
すでに、自分の在学時から始まっていたのかもしれないが
こんなに勉強しない大学生を抱えた国はないと。
学生が最も関心の高い就職と、大学の勉強の成果が直結しないから、多くの場合入学時に勉強を打ち止めにしがちになると言う。
勉強しろ!と言われても、どうしていいのか分からない指示待ち学生が増えているとか。
そんな中、気合充分の面々で実に頼もしい!

以下、この一年間の講義内容を記載する。

※モノローグ<こころの叫び>の稽古
    劇団東京キッドブラザース在団当時の作品の中から
     柴田恭兵氏の “フリーダム・ナウ” をアレンジして採用

※モノローグ<こころの叫び>の本番
    大講堂にて、前期試験として撮影収録

※各自の最も感動した作品を3分間で表現発表
    学生各々の感動したシナリオや本を3分間で演じさせる

※各自の実現可能な “100のちいさな夢” 提出
    それを各自が改めて考えることで客観的に自分が見えてくる

※ニール・サイモン作 “おかしな二人”
 <男・女バージョンのショートシーン>の稽古
    ダイヤローグの勉強として

※自主企画公演 “ばかはしななきゃなおらねえ”

    学科公式鑑賞作品として学生観劇

※ニール・サイモン作 “おかしな二人”
 <男・女バージョンのショートシーン>

    第一スタジオにて、後期試験として撮影収録

そして、この一年間、自らの体を通して何か伝えようと学生と一緒にストレッチや発声も毎回行い、
照明&BGMも使って集中しやすい状況で演技をさせアドバイスしてきました。
時には怒鳴ることもありましたが本気で学生諸君と接してきたつもりです。
なお最も注意した点は一つだけ。最も尊敬されている映画俳優T氏の唯一のエッセイ本の
タイトルにもなった言葉・・・“あなたに褒められたくて”
学生各々の個性が伸びるように、できるだけ大事に褒め、アドバイスしてきました。
最後にこの講義を支えてくれている方々に心より感謝申し上げると共に、
今後とも宜しく!

2003年 元旦


【嘘のようなちょっぴりホントのお話<エピソード2・起動編>】

 ♪〜旅ゆけば、駿河の国の〜、山内一豊公で有名な掛川城が聳えるJR掛川駅を降り、
地元Y嬢運転の車で向かうは一路、
橘谷山(さっこくさん) “大洞院”・・・!
遠州三十三観音霊場にして、かの“遠州森の石松”の菩提寺であり、
未だに賭け事の御守に良いと墓石が削り取られ続けて3代目の墓碑を
一目見ようと旅人となったは、時に平成13年3月10日のこと。
あくる11日は、3年に一度は大祭りが催されるという遠州森町恒例の“石松まつり・・・!
石松の供養祭はもちろんのこと、地元衆による“清水一家二十八人衆”仮装行列も有り、
墓前にては、な、な、なんとご存知“石松三十石船道中”をあの“廣澤虎造”一門の浪曲師が
披露するという、森町挙げての一大イベントの日なのであ〜る。

 遠州の小京都と謳う森町街道を奔り、辿り着いたは全国に三千四百余の末寺を持つ名刹の寺、
“大洞院”。その門前に満開の桃の木々に囲まれて、清水次郎長親分の碑のとなりにあったが
“侠客石松之墓”・・・!
生前の石松の身の丈はあろうかと思われるほどの立派な墓石!
そして、見事に咲いた満開の桃の木々。思わず合わせる手平みぎひだり、合掌!
記念にと“公演成功祈願”の絵馬を描き、目当ての墓石入りのお守りを購入はしたが
旅籠入り時刻まではまだまだ時間がアルゼンチン。んで、

 森町立の歴史民族資料館に行き、石松の資料集め!と洒落こんだ。
車から降り立ち、見ればなんとも風格を持った純日本式建物。
聞けばなんと1885年、明治18年に建てられた旧 “周智郡役所”であるとか。
早速、中へ・・・。
が展示されているのは皆、鍬や鋤に大八車などなどの当時からの生活用具ばかりで
肝心の石松資料など皆目無し。
その旨、職員さんに尋ねてみると地元の人が書いたエッセイ的な文章ぐらいしか、
石松に関するものはな〜いとか。 もちろん、購入もできな〜いとのことにて候。
“ショボクレ清兵衛”していると吉報がその職員さんから二つ届いた。
一つはそのコピーを無料で戴けるとのこと。
そしてもう一つは、な、な、な〜んと、ま、まだ、あ、あの“閻魔堂”が現存している?!との
天にも昇るような知らせ。地球上から3寸は、確実に我が身が天に届き、心はすでに時空を超えて
“閻魔堂”へ・・・!
取り急ぎ頭を下げて礼を言い車に向かうその背に、“公演のご成功を”とあの職員さんの声が・・・。
余りの感謝感激に、心の中で手を合わす我が姿、
七五郎宅をこっそり離れる石松にちょいと似たり閻魔堂?!
んで、おおよその方角は聞いたがなんせ知らない土地であ〜る、頼るは地元のY嬢のみ。
が、なんせ女性のこと。
遠州森の石松が非業の最期を遂げた“閻魔堂”など興味の欠片も山梨県。
だけど此処は静岡県。茄子がママ、胡瓜はパパ状態で運転中。
ゆえになかなか見つから内藤新宿。
ここは餅屋はもしやでお巡りさんに聞くことに皆んなで意見が派出所。
ヤットコサットコ見つけたは交番を、んで尋ねりゃそんなことハッキリチョッキリ分からな〜い?
だって巡査は新米さん。んでもさ、1丁先の十字路を、右に曲がった5軒目の、和菓子さんなら、
分かるか〜も南蛮は、蕎麦が良い。何故ならばその和菓子屋の、“浅和屋”こそ、
あの“閻魔堂”で都鳥吉兵衛らに、騙し討ちにあった石松が、一旦は逃げて匿って、
もらった小松村七五郎の、アレアレ、ななんと子孫らしい。
んで早速訪ねると、駐車スペースもちゃんとある、全国菓子大博覧会でめでたく大賞を、
受賞のお菓子とか、その名もズバリ“七五郎もなか”?!
あ〜ララ、ヤッテクレマスご子孫様、見上げたもんだよ商人魂、
もなかに栞もお付けして、中に石松話も織り込んで、せっせせっせと商いを
「春夏冬」と秋無いでやっているとは有難や有難や、たいしたタマゲタご馳走〜さん?!
てなてな調子の今回も、これにて一先ず区切りとな。
 それでは次回をお楽しみに、わちきはちょいと、一休みにて候。

2003年1月20日(月)


【嘘のようなちょっぴりホントのお話<エピソード2・伝承編>】

 ♪〜さてさてそれではお話の、続きとまずは参りましょう!
特選 “七五郎もなか” の栞には、
 「万延元年六月の、一日夕闇迫る頃、
 遠州は小松在、内野観音の子待講(ねまちこう)の盆で、借りた金を返すからと連れ出され、
 庵寺(あんでら)川の用水路、の畔の小松林の細道で、
 都田吉兵衛三兄弟と保下田久六が子分 布橋の兼吉らに計られて闇討ちに、
 逃げて兄弟分の七五郎夫婦に匿われた石松は、そのあと七五郎宅を抜け出して、
 再び道本(浜北市道本)の、閻魔堂で襲われて惨殺された!」とな。

 んで早速自慢の銘菓 “七五郎もなか ”をば、一個購入伺えば、
女店員さんが言うことにゃ、あ〜言うことにゃ、何々今来た道の手前にぞ、
あの “閻魔堂”はアデランス?!
あそこに見える十字路を、左に曲がって直進し、バス停手前の左にぞ、
確かきっとアリストテレス。ちょっと、それってもしかして、その先も少し行ったなら、
もしや左に交番が?アルプス? よくご存知で、まさしく確かに交番はアルジェリア。
アララ、こ〜ら参ったコカ・コーラ!
兎に角此処は一先ずは、ペプシにサイダー&スプライト?・・・
と車に乗り込み目指すのは、一路指切り元満 “閻魔堂”!
それではその場所その時の、模様を納めた写真をば、
ちょいと皆さん見やしゃんせ!

石松の墓前 森町立の歴史民族資料館
これが噂の閻魔堂 勿論、舞台成功祈願にて候

 てなてな漢字の、いやとっても良い感じ!
時空を超えての石松の、人生の旅路の果てのその地をば、幸運にも見れるとは、
こいつぁ〜まさしく春から、縁起? いやぁ〜、はなから演技が良い〜やぁ!
チョ〜ン!!  てな訳で、おあとがよろしいようでぇ、
ホナ皆さん、ご・き・げ・ん・よ・う〜!!
それでは次回を楽しみに、わちきはちょいと一休さんにて候。

2003年2月5日(水)


【嘘のようなちょっぴりホントのお話<エピソード2・転回編>】

 ♪〜それでは首を長〜くして待っているよな、いないよな?
  皆々さまにお話の、続きと早速参りましょ!

大きな栗? の木ではない大木の、陰にひっそりと佇んだるは閻魔堂!
オットどっこい、朽ちるどころか威風堂々聳え立ち、我等をしっかり迎えたり。
んでも裏を覗けばやっぱりもちろん、辺り一面緑一色田園風景。
その中の、まっすぐ続く一本の畦の道をひたすらに、月の光に照らされて
あいつは一目散に逃げたとか、そのまんま清水の港へ、帰ればいいものを何を思ったかこの男、
敵のまっただ中に躍り出て、あえなく雨の露と散る。
んで、ひと歌思いつくなり、

   騙まし討ち  身から出た錆とは言えど  はぐれ鳥
               水無月の  月さす道に  なにをか思わん

                                          蔑華夢

時空をこえての感激に、浸っているとオットいけない旅籠の入り刻限?!
江戸を出立する前に、ちょいと地元役場の観光課に尋ねれば、すぐさまFAXいただいた。
んで、早速見てみると、目が点になっちゃった。?!
ホテルの文字などぜんぜんな〜い!すべて何々屋とか何々荘ばっかり?
♪〜なんでだろう〜、なんでだろう! 取り合えず、片っ端から電話して感じのいい対応の、
宿をと探し探してヤットコサットコある旅籠に決め。

んでもって、いざいざ出立! 送られてきた手書きマップがナビがわり、
んでもやっぱり道迷い。ほんにワテラは方向オンチの花の都の旅がらす。
んでも途中でちゃっかりと、酒屋をば見つけては、お互いの好みの酒&酒肴を、仕込むなんざぁ、
流石は伊達に地方巡業していない。んでもそれってセコクない?
いやいやこれぞ生活の、活きた智恵とおぼしめせ。
そんなこんなでやっとこさ、選び選んだ旅籠に無事になんとか着きやした。
見ればなかなか風情のある古く手ごろでそれなりの、宿にて候。
早速部屋にとうされてよくよく見てみればどこかの、部屋にちょと似たり。
そうそう京都の、伏見の、あの旅籠。その名も、かの有名な“寺田屋”にさも似たり!
あの坂本龍馬が刺客に襲われるところを、 妻のおりょうが入浴中にその刺客を、
見つけそのままの、姿で龍馬に知らせに行き、
それで難を逃れたと言う旅籠の部屋にさも似た〜り!
んなところへ女将登場!
夕食の支度をする間、どうぞお風呂へ行きしゃんせ。んで、我らは浴場へ。
引き戸を開けると、そこはまるで大正ロマンの世界。
モダンな摺りガラス細工の窓に、細かい色とりどりのタイル張りした小ぶり浴槽。
んでもやっぱり古めかしい! んでも文句は言えない一泊2食7千円。
風呂に浸かって、石松談話に花咲く我ら。ここで、これまたひと〜歌。

   ふたり旅  湯舟に浸かりて  新たなる
             思いぞ浮きし  我がこころ根に

                                 辺華夢

オットいけない、長湯は女子(おなご)の十八番(おはこ)にて候。
急ぎ浴衣に、ドテラを羽織定番の、旅籠スタイルに変身し、屋号入りの日本手拭いを
ちょいと小粋に首に巻き、戻ればかなりの年配の、仲居さんが夕食準備の真最中!

「お客さん、明日の“石松まつり”がお目当て?」
「ハイな、もちろんその通り。」
「じゃ、いいこと教えよか?」
「なんです、それは仲居さん!」
「いえいえ、私は何を隠そう元女将。」
「これは失敬、元女将さん。ところで、それはなんざんす?」
「ところでああた、“森の石松”の、お話は知ってます?」
「よくぞ女将、聞いてくれやした。実はコレコレ云々で今年の暮れにお芝居を、
 致すつもりで今回は、資料集めの旅ざんす!」
「あら まあ、これは驚いた。そうなんですかお二人は。
 んじゃあなたら、なんて幸先良きことかしら、床柱。
 んでは石松の、実家は何をやってましたかご存知で?」
「もちろん女将、小田和正! いいえ、失敬オフコース。虎造先生曰くには、
 遠州は森町の“福田屋”と言う名の旅籠で生まれて実家とか!」
「さすがに良く、お調べッカム。その旅籠こそ、何を隠そうこの旅館
 “新屋旅館”でありんすぞなもし。」

ウッソ〜!一気に汗が我が顔から、噴水雲水スペースシャトル着水状態。
慌てて我が顔をば、手拭いにてふきとりかきとり借金とり。
んで手拭い改めて見てみれば、ちゃんとしっかりちゃっかり書いてありんした
 “石松の養家 割烹旅館 新屋”
それからお話はまるで年頃の、若い娘さんの胸によう!
・・・・・・だんだん盛り上がって、参ります?!
そこの床柱の刀傷、酔った石松が付けたとか・・・。
そこの兄さん座ってる処、そこの次郎長親分が座ったとか・・・。
話上手の女将いや元女将さんの講釈を、聞きながら地元の地酒をきゅっきゅキュッキュと
呑んでは注文続きます。
オットこれって、なかなかの商売上手?
んでもこれもお芝居の、肥しになれば後々は、役者冥利になり候!
んな旅籠のお部屋の一コマを、んではどうぞご覧あ〜れ。

その夜の夢で逢えるか石松と! 祈って床についたるが
地元の地酒に酔わされて、即爆睡となる我が身なり、
気がつきゃとっくに朝日が昇った。
したたかに酔わされたその地元の地酒こそ、
名もズバリ、 “遠州森の石松” にて候。

ちょ〜ん!とな。ホナ皆さま、ご・き・げ・ん・よ・う〜!!
ん〜な調子で今回もめでたくこれにて区切りにござる。
んでは次回をお楽しみに、わちきはちょいの間、一休さんにて候。

2003年2月17日(月)


【嘘のようなちょっぴりホントのお話<エピソード2・完結編>】

 ♪〜灯りをつけましょ、ぼんぼりに、お花をあげましょ、桃の花
    石松まつりの模様をば、お話しましょう始めましょ!

  ほろ酔いの  朝日が障子に  照らされて
              ちょと石松気分に  なりにけり

                                 瞥華夢

てなてな寝ぼけにゃ朝風呂と、相方起こさずこっそりと抜き足差し足忍び足、
廊下を渡り階段を、降りて行きますとっても小さい大浴場。
早速ドテラと浴衣をば、サッーと脱ぎすて浴槽へ。行って覗いて目が覚めた。
ちいさなタイルが一杯に、散りばめられた浴槽にゃ水滴一粒ありゃしない。
♪〜なんでだろう〜、なんでだろ、旅籠なのになんでだろう、よく見りゃ脱衣所に書いてある、
入浴時間が書いてある、朝にはお湯がはってない!
こまったなぁこまったぞぉ、そんならここは修行僧、冷水の滝にをば打たれ気分味わおうと、
シャワーのコックを一気にと、捻ると流れる水量は、なんとなんでか極わずか。
ほんとにホンマにメチャ〜寒〜い!!
てなてなそんなで二日酔い、とっくに醒めた朝飯前。
部屋に戻れば昨夜同様朝食準備の真っ最中。
もちろん準備は昨夜同様例の名物仲居の元女将。

 「アラまぁ、お早う! テープレコーダーしてはった?!」
 「それって女将もしかして、“音入れ(御トイレ)”ってことざんす。」
 「ハイな、ちょっと寒かった?」
 「はいはいギャグより、朝のお風呂が寒かった?!」
 「アラアラ朝風呂入るなら言ってくれれば湯沸し器、ちゃんと点けましょ点けたのに。」
 「いいえいえ女将ありがとさん、とっくに修行僧シャワーをば
  浴びてしっかりスッキリしています。」
 「あらそうこれまたゴメンご免なさい。シャワーの調子もイマイチで。んではお詫びに朝食に、
  一品つけましょ、ひな祭り。」
 「ありがとうござんす、“石松まつり”の今日ざんす。」
 「そうそう、そもそも“石松まつり”とは?!」
 「ちょっと待っておくんなせえ女将さん、お話よりも朝ご飯、
  まずはいただきやしょう早速に!」
 「これまた失礼、それでは早速一品お持ちいたしましょう。
  え〜と関東の、花のお江戸のお客さんじゃぁ、納豆なんかは如何でしょう?」
 「ありがたやありがたや それはまさしくお互いの、好物にござんす ありがなっとう女将さん!」

てなてな調子で朝食を、いただきながら元女将、“石松まつり”のご案内講釈を、
BGMがわりに聞くことに相ありがたくなり候。
それでは、遠州森町の恒例 “石松まつり”の内容をば早速ご披露いたしましょう〜!

 ♪〜遠州森の石松の “供養祭”の終了後、JR森駅駅前から、大洞院の桃の木の、
    下にあります石松の、墓石まで参ります
    股旅姿 “清水一家28人衆”、それをな〜んと地元森町の、
     きれいドコロの女子衆やちびっこが、扮装よろしく仮装行列いたします。
    到着してからそれからはアトラクション数々が石松墓石前にて始まります。
    まずは浪曲ご披露からと、あのご存知 “石松三十石船道中”を廣澤一門の浪曲師が
    ひと捻り、次に清水一家28人衆の紹介と、歌謡ショーと続きます。

    ・・・それでは、ここでチョイとな、
            可愛らしい28人衆のお写真をばご覧あ〜れ!

    その間、周りにあります出店にていろんな物が無料接待されてます。
    ご存知茶処の地元森町特産茶に、うどんにホタテ?&甘酒と、それからさすがと頷いた
    石松グッズや農産物&特産物はちゃっかりしっかり売っている。
    そして最後は石松の墓石の前にて “餅投げ”が、あってめでたくお開きとか?!

これが資料集めの取材旅それの全容にて候。
いろんな方や縁あるゆかりの土地や建物や、諸々の出来事があっての旅にて候。
ただただ不思議摩訶不思議、運命なのか偶然か、わが心のなかにしっかりと、
勇気の炎が燃え上がる、まさしく素晴らしい出来事にてござ候。
ほんとに誠にこんなこと、あるのかまさしく嘘のよな話にて候?!

さてさてわちきの次となる資料集めの取材旅は、華の京の都となり候。
只今巷で話題とな、かの “新撰組”の取材とな。
そのその中のその人は、京都守護職御預(おあずかり)
新撰組副長 “土方歳三”にて候。
皆々さまにご披露を、致します舞台は、来年初春にて3月はじめ頃と計画いたしており候。
それまではこの1年びっしり歳三ずくしの毎日と心に誓って過す志にて候。
太刀稽古も仲間と一緒に額に汗して毎週1回やっており候。
もしもお時間が合う方は、是非是非稽古場お越しやす。
若者衆が差し入れ大歓迎にて心待ちにしており候!

チョーん、これにて無事に一区切り!
んでは次回のお話をば
ご披露するまで、わちきはちょいと一休さんにてござ候。

2003年3月1日(土)


【嘘のようなちょっぴりホントのお話<春の珍事 其の一>】

 ♪〜さくら さくら 昨年の桜は とっても早く咲きました♪

さてそれは平成14年の3月下旬、ホントにあった世にも不思議な話なのです。
まず第一話は、今まさに桜満開の鎌倉から江ノ電に乗り、片瀬江ノ島駅に降り立った時から
始まります。
まだまだ初春にもかかわらず日差しが強く、うっすら額に汗する午後1時28分ごろでした。
訪問校の先生との待ち合わせ時間までの間、爽やかな早春の海を見よう〜!?と
一人シャレこんで、汗を拭おうと右手の甲を額に近づけた瞬間、
飛び込んできたあるコンビニのブルーの看板。
閃き誘われるままに体はすでに店内アイスBOX前。
伸ばした右手の中には握られた真四角でブルー&ホワイトパッケージの食感爽やかで
巷でとっても人気の私一押しアイス。
とってもウキウキ気分でいざ海岸へと向かうが、歩き見る目に映る国道の交差点の信号が
見る見るうちに点滅イエローからレッドに変化した。
そして立ち止まった自分が何気なくふと見上げた目が、一瞬の内に点になった。
な、なんと見上げた電線には数十個の黒い物体が行儀よく横一列に並んで、
自分より高い所から自分より先に海を見ていた。
そう、その物体こそ今回のお話の主役たる“生きてるF117Aステルス攻撃機”こと
“江ノ島カラス軍団”との出会いの瞬間だった。
自分の驚きを気配で感じたのか?
手前のカラスから順々にグラデーションが如く向けられた数十個の黒光りした鋭い眼光の数々。
思わず背筋がピシッとし確実に身長が3センチは伸びた!
と同時に目線をそらすと信号がGOサイン。

国道を渡ると目前に広がる砂浜に自分独りっきりの海。
大勢の人出で賑わう真夏の海水浴場とは一味ちがう静かでひっそりとし、
白い波が目に沁みる淡いライトブルーの春の海・・・しかも日差しが心地好い!
早速、海岸にあるちょっぴり小高い階段に腰を下ろし両手を大きひろげて深呼吸!
・・・思わず口が欠伸開放?!
見上げた空は絵に描いたような、雲が程よく散りばめられたブルー&ホワイトの
ナイスなコンビネーションの青空。
が、そこに黒いエイのような、カイトのような
“B2ステルス爆撃機”にも似たカラスが9羽舞って来た。
そして、その中の1羽がグライダーのようにゆっくりと舞い降りた。
その先は、空っぽの大きな鉄製ゴミ駕籠の縁。
きっと真夏には海水浴客の出すゴミで一杯にあふれていただろうが、今はゴミ一つ無し。
きっとカラス君達もたいへんだろうなぁ〜なんて思いながら、コンビニのビニール袋から
お気に入りのアイスを出し、匙の紙袋の封を開いた。
その瞬間、先ほどのゴミ駕籠上のカラスの首が左右に素早く動いたような気がした。
すると、目の前に3羽のステルス機がゆっくり舞い降り、こちらをチラチラ見た。
カラス君達には悪いけど自分のホンノささやかな楽しみなのでゴメンね!とアイスの蓋を開け、
匙を右手に握り直すとゴミ駕籠のカラスがこちらに向かってぴ〜んと降りた。
ダメで〜す!君らにはアイスはあげません!
ああ、そうですかと彼は思ったかそっぽを向いた。
ハイハイ改めて食べようとした瞬間、左手にズドンと衝撃があった!!
慌てて左手を見るとそこにはすでにアイスの箱はなく、後方から“巡航ミサイルトマホーク”よろしく
ピンポイントで我がアイスを狙い、リーダーブッシュガラスのブロックサインのそっぽを確認後、
先制攻撃したものらしい。
それじゃぁ自分はサダム・フセイン??
思わず、体を前に伏せイン!
恐る恐る見上げると、足で見事キャッチされたアイス箱は空に向けて急上昇中。
すると、右舷方向45度からもう一機のステルス機が襲撃し、見事ゲットした!
かと見えたが残念ながら失敗し、アイス箱は急降下。
そこに左舷方向から砂浜すれすれにもう一機のステルス機が飛来し、
砂浜に落下しそうなアイス箱を危機一髪のところでくちばしキャッチ!!
見事な飛行ラインを描きながら上昇した。
思わず、拍手&ガッツポーズの自分でした。
その時 左耳から右耳にはサラウンドでスーパーマンのテーマが聞えていました。
そんな興奮も次の瞬間には悲劇的シーンとなったのです。
余りの超ハイテクニック飛行の為かクラークケント機はバランスを崩し、
アイス箱をくちばしから放してしまった。
哀れアイスは箱から飛び出し砂浜に落下!そこに群がる江ノ島カラス軍団。
おぞましい泣き声をあげながら、たった一個のアイスを奪い合う。

ちっちゃな戦さでした。
そして今、アメリカによる対イラク攻撃の模様が刻々と報道されている。
自分は日々、次回公演資料として新撰組関係の本を読んでいるが、
ある本の中にこんなシーンがあります。
それは、元治元年(1864年)7月19日早暁に起こった世に言う「蛤御門の変」でのこと。
戦火は民家に燃え移り三日二晩京の町を焼き続けた。
焼失家屋約二万七千戸、焼き出された人数数知れず巻き添えにあった犠牲者も数知れず。
それを見たある人物に作者はこう言わせている。
「いかん、いかんのぉ、戦は。戦は当事者よりも周りにいる罪のない人々をたくさん死なす。
 実に不合理で、不経済で、非生産的じゃぁ。
 くだらんくだらん、戦はくだらん。戦をする人間はもっとくだらん。
 そんな人間どもを俺は止めたい。どうせ一度きりの人生!
 たった一つの命ならば人を殺すためではなく、人を生かすために使わにゃぁ、いかんぜよう!」
その人物は皆さま御存じの坂本竜馬である。
そして、これを期に彼は薩摩と長州の無血同盟に向かって動き出す。
ちょっと、いやカナリ話がそれてしまい申し訳ありません。
これも一重にここ毎日のニュースの影響かも。
これがホントの春の珍事なのかもしれません。
只々ひたむきに今、今日の日を幸せにすごせることに感謝しつつ、
今日一日を精一杯に自分なりに生きよう!と改めて心に誓う自分です。
今まさに旬の選抜高校野球の球児のように・・・・。

重ねて、米英軍の対イラク武力攻撃が一日も早く終結しますように心から祈っており候・・・合掌!

又すでにご報告の通り、太刀稽古を仲間の皆さんと一緒に週一度、
額に汗しながら、ひたすらにあの幕末期の志士達の情熱求めて、JR三鷹の“イマジン”稽古場にて、一生懸命にやっており候。
もしもお時間が合う方は、ぜひ是非とも稽古場にお越し戴きたく、
若手衆と共、心待ちにしており候!

 では、「世にも不思議な春の珍事{第2話}」でお会いしましょう!!

2003年3月24日(月)


【嘘のようなちょっぴりホントのお話<春の珍事 其の二>】

皆々さまにはワチキの誕生日に妻子、いや際し、数多くのご伝言を戴き、誠に忝く、
心より感謝申し上げ候。
今、まさに時は春。
長〜く続いた寒〜い冬にもハイ、おさらば!と、実に今年の桜は見事に春爛漫を彩り、
花のお江戸の都を楽しませたにも拘らず、
浮世世界の巷には、海の向こうのおお戦さや、商い不況に流行り病と
なにかと辛〜いお話が飛び込んでくる毎日の皆々さまの御耳に、
又々懲りずにちょいの間の、ワチキのたわいも無い語りをもって
是非ともひとときの癒しとして戴きたく、拙き筆を執り候。

さてその珍事が起こりしは、頃は昨年平成十四年弥生も末の、
桜も散りかけた春の日の出来事にて候。
もちろん、ワチキが我が身をもって体験したホンに誠の珍事のお話にて候。
その日とは、ワチキが朝の生ゴミ出し当番の為にいつもより半刻程早く、
西武新宿線本川越行き車両に乗り込み候時から、始まり候。
折りしも、座席は通勤ピーク時より早朝の為にカナリ空いており、
眠気眼のワチキにはまさに渡りに舟?いや電車!のいと嬉しきことこの上なき状況に相候。
で、ワチキは乗り換え駅所沢まで一眠り?!と思い付き、
車両座席の隅に陣取り、瞼を閉じ候。
臀部の下から暖まり、実に心地良きこと
まさに五月晴れの日向ぼっこの如き心持ちにて候。
さてさて明後日?
夢うつつの内にどれ程の刻限が過ぎたのか?!と心配になり、
急ぎ我が自動時刻表示器付き腕巻き細帯を覗けば、幸い全工程半ば程の刻限にて候。
まずはひと安心!と肩で一呼吸し、ふと不思議な気配を感じ、
右隣の御仁を見て?!ワチキの右目は釘付けとなり候。
その御仁は、♪〜君の髪が肩まで伸びて、ぼくと同じに〜♪程に伸び、
まさにかの維新の勤皇志士のような風貌で、美味そうにコンビニ赤飯を頬張って
なにやら南蛮国風な歌を鼻で唄っており候。
その風体は、格安店舗Yの物と思わしき黒のバテレン風筒状袖仕立て羽織に細長き袴姿にて候。
足元は?と見れば、素足に我が国日本が世界に誇る和製サンダルの雪駄履きにて候。
再び、我が右カメラアイをゆっくりとその風貌にパーン・アップするとその御仁、
今度はワチキ一押しの鳥五目御飯海苔直播きおにぎりの封の紐を解き、
またもや美味しそうに頬張り候。
思わず、生唾ゴックリお腹がグーのワチキにて候。
続いて、舶来の物と思わしきビードロガラス風入れ物を軽々と握りつぶすが如く扱い、
なにやら色濃き液体を飲み候。
驚く可き怪力の御仁にて候。
そして大きな月賦、いやゲップをし、あの木枯らし紋次郎宜しくクロモジを出し
歯掃除に勤しみ候。
尚驚く可き行動はその後に起こり候。
この御仁、 あの筒状袖仕立て黒羽織を脱ぎ、上半身を露出し候。
我が右目で覗き見れば、あにはからんや風貌とは大違いの美白肌のスレンダーボディ?!
大きな黒い頭侘袋風布袋から又もバテレン襟筒状袖仕立ての鮮やかな柘榴色羽織着を出し
着替え候。例の黒羽織は丸められて布袋の中にポイにて候。
その所作たるや実に熟練された技にて候。
しかし此処は大勢の民衆が使用する公の場!?
何たる所業と呆れるワチキに追い討ちをかけるが如くその若者は、
な、なんと細長袴を脱ぎ候。
ワチキの右目には、縦縞系青空色仕立ての異人下着が飛び込んで来候。
不快なことこの上なき候。
がしかし、そこでワチキの脳裏を掠めた閃きが起こり候。
まさにこのような出来事は決して現実には起こり得ぬ事にて候。
ならば、これはかの有名な“どっきりカメラ”では?!
ならば日頃の鍛錬を試されているのかと心得え候。
ワチキは右目の瞳孔を正面に戻し平成を、いや平静な表情を保ちつつカメラの動向を探索し候。
がしかし、残念ながら確認出来ず候。
するとこれはまさしく現実で実際に今起こっている?!
なんたる奇怪な出来事なのか!!
等等とワチキの頭の中は同時多発テロ襲撃に思考能力停止状態となり候。
しばしボッーと放心のワチキにて候。

そして、どれほど刻限が過ぎたのか?!
ふと、右隣の座席を見れば空席にて候。
まさしく暖かな小春日和の春の夢が如き珍事に摩訶不思議な出来事にて候。
がしかし、その日の出来事はこれで終わらなかった・・・?!

 では続きは、次回のお話で詳しく委細申し上げ可く候。
 尚重ねて、舞台の日程等もご報告致す所存にて候ゆえ、
 その旨ご期待の上、しばしお待ち戴きたく願い候。恐々敬白。
                               平成十五年未 卯月吉日ニ記ス

 加エテ、今マサニ散リ初メシ“ソメイヨシノ”ハ勿論 “サクラ科”ノ樹木ト思イシガ、
 実ハ、 “バラ科”ト知り、驚イタ事記スル也。

2003年4月8日(火)


【嘘のようなちょっぴりホントのお話<春の珍事 其の三>】

皆々様に前回は、まさしく暖かな小春日和の春の夢が如き摩訶不思議な出来事を申し上げ候。
がしかし、その日の出来事はこれで終わらなかったので御座候?!
西武池袋線S駅の二十八歩手前の右にある花屋の店先に並んだいろんな花を見て候。
人それぞれに好みは有りしがどれも皆んな綺麗にて候。
この中で誰が一番だ!などと争う事もせず、花桶の中で誇らしげにシャツと胸を張っており候。
それなのに我ら人間はどうしてこうも比べたがるので御座候か?!
一人一人違うのにその中で一番になりたがり候。
ふと見れば、困ったように笑い乍(ながら)、ずっと迷ってる御婦人が居り候。
頑張って咲いた花はどれも綺麗だから仕方なき事にて候。
やっと店から出て来たその御婦人の手には色とりどりの花束が抱えられ、嬉しそうな横顔にて候。
名前も知らなき花なれど、あの日拙者に笑顔をくれ候。
誰も気づかないような処で、咲いてた花の如きにて候。
そうさ、我らは世界に一つだけの花にて候。
一人一人違う種を持つ身故、その花を咲かせることだけに一生懸命になれば良き候。
小さな花や大きな花、一つとして同じものはなき候故、、
 ♪〜No.1にならなくてもいい、もともと特別な Only one 〜♪

などと口ずさみ乍、S駅キヨスクにて麒麟発泡麦酒を日本、いや二本購入し乗車し候。
公演真近かで厳しき稽古故に、いと美味き事この上なき候。
ふと見れば前に座りし御仁も美味そうにワンカップの日本酒を呑んで居り候。
共にちょいと早き晩酌が如き光景にて候。
車中で飲酒とは、誠に恥ずかしき中年日本男児にて候。
然しながら実に、ほろ酔いの心地良き気分で乗車して居り候。
がしかし、降車駅近くになり恥ずかしきビロウな事乍、拙者モヨオシ候。
武士は喰わねど高楊枝?慌てる乞食は貰いが少ない?
さあさ、お立会い、
御用とお急ぎの無い方はゆっくりと聞いておいでなさいの“がまの油売り”よろしく、
たら〜りたらりと油汗が流れ下腹部が爆発寸前の風船が如き心持ちにて御座候。
まずは取り急ぎ、逸る心を抑えつつ降車口に近づき候。
そして扉が開くやいなや、駅の厠に向け内股早足で参り候。
で急ぎ厠の立ちション処に仁王立ちに成り候。
まずは関東武士の心得えと、慌てずゆっくり社会の窓を開こうとしていた其の時の事にて候。
背中に疾風が如き風音が聞え、正しくあの“8マン”ばりの駆け足で隣に立つ黒い影ひとつ?!
思わぬ殺気にワチキは“ゴルゴ13”ばりの鋭き目線を向け候。
がしかし、一気に氷点下50度の南極氷河上にある厠に立つが如き衝撃が奔り候。
な、なんと隣にはハコパンごと溝鼠色(どぶねずみいろ)スウェットジャージパンツを足首まで降ろし
用を足す中年のおっさんが居り候。
おケツ丸出しで下半身すっぽんぽんのその御仁。
よくよく見れば、前の座席に座りしワンカップ叔父さんにて御座候。
やや上目づかいに虚ろな昇天眼でおケツ丸出しで用を足す小便小僧?いや、おっさん!
いやいや誠に、まさしく“春のチン事”にて御座候。
因み、我が友の中に和式厠でなくては気張れず用を足した気分にならないとかで、
厠扉入口に衣服を脱ぎ捨て下半身すっぽんぽんで用を足す兵が居り候事書き加え記し候。

尚、次回公演日並びに演じ処もめでたく決まりし候。
詳しくは近日中にご報告申し上げ故ご期待戴きたく候。
では又、参上仕り候。

皆々様には素晴らしき連続休暇を過ごされたく願い奉り候。

2003年4月22日(火)



【嘘のようなちょっぴりホントのお話<端午の節句編>】

♪〜やねよりたかい こいのぼり おおきなまごいは おかあさん、
   ちいさなひごいは つばさでぇす、たのしそうにおよいでる〜♪

と、口づさんでる明日5月5日が満8才の誕生日の翔(つばさ)くん。
ママがいつも使っていた専用パソコンの画面を今日も眺めています。
その画面には、ママからのメールの文章が映っています。

 “ だいすきな翔くんへ
     きょうもげんきに 学校へ いってきましたか
     みんなと なかよく できましたか?
     きゅうしょくは、ぜんぶ きれいにたべれた?
     孝くんや美代ちゃんたちとの おあそびだけでなく
     ちゃんと しゅくだいも しましょうネ。
     いま、ママは、おへやのまどのそとの
     まんかいの 桜をみています。
     とっても きれいです。
     きょねんは、小学校の桜なみきの 桜のしたを
     翔くんといっしょに あるきましたね。
     おぼえてる?
     そうそう、翔くんは だいすきなラムネを のみながら。
     らいねんは、パパと三人で いきましょうネ。
     じゃ、これからママは おいしゃさんに
     ママのからだのなかを なおしてもらいに いってきます。
     なおったら またメール おくります。
     それまで パパのいうことを ちゃんときいて
     いい子にしていてネ。
                                 ママより ”

今日も瞬きもせず、翔くんの目からは涙が流れています。
でも泣き声は出しません。それがパパとの約束だからです。
     「いいか、翔。おまえは男の子だ。泣いちゃダメだ。
      天国のママが悲しむぞ。強い子になるんだ。
      ママのメールを見たかったら、決して声をあげて泣くな、いいな。
      その約束ができるなら、見てもいい。」

翔くんはパパと指切りげんまんをしました。
そしてあくる日から毎日学校から帰ってくると
決まってノート・パソコンのメール・キーをたたきました。
その度ごとに画面の文字の向こうからママの顔が浮かび、声が聞こえてきました。
翔くんのママは難病の為に1年にも及ぶ闘病生活の末、満開の桜の花が舞い散るように
先月天国へ旅立ちました。
そんなママが苦しい闘病生活の中、欠かさずしていたのが翔くんへの毎日のメールでした。
そして、その最後のママからのメールをもうひと月も見続けてる翔くんでした。

今日は、5月5日 「こどもの日」。
学校がお休みの翔くんは、朝寝坊しました。
起きると翔くんは眠い目をこすりながら、早速パソコンのキーをたたきました。すると、

    “ おはよう、翔くん。
       きょうは、翔くんの8才のお誕生日ですネ。
       おめでとうございま〜す!
       きょうのよるごはんは、翔くんのだいすきな
       ハンバーグをパパが作ってくれるそうよ。
       よかったわネ。
       ママのよりおいしいハンバーグが できますように いのってます。
       翔くんも おてつだいしてくださいネ。
         じゃ、またあした メールします。
                                  天国のママより  翔くんへ ”

メールを見た翔くんは、もうびっくり?!まだ、寝ているパパを大きな声で呼びました。

    「パパ、たいへん! ママから、天国のママからメールはいってる。
     見て、見て!? 」

ノソノソ起きてきたパパ。
寝ぼけ眼で一緒にパソコンの画面を覗いたパパは微笑みながら、翔くんに言いました。

    「よかったじゃないか、翔。
     お前のママに会いたい気持ちが、
     天国のママに届いたんだ。
     よ〜し、じゃ一緒に買出しに行こう!
     さあ、まずは顔を洗って。」

その日から毎日、天国のママから翔くんへメールが届きました。
もちろん、もうメールを見る翔くんの目には涙はありません。
笑顔いっぱいの翔くんです。
やっとガンバリ屋で元気印の翔くんが戻ってきました。パパもひと安心です。
そして、5月11日の夜。
翔くんが寝たのを確認してから、パパはノート・パソコンの蓋を開きました。
今日で、七日目の夜です。
すると、そこには1枚のメモ用紙が、

    「パパへ
     きょうは、母の日ですね。
     天国のママに、“おめでとう!”とメールしてネ。
     それから、パパ。
           いつもメールありがとう!
                            翔 」

その日のパパは、涙いっぱいでキーをたたきました。

    “ ありがとう、翔くん。
      ママはいつも あなたの心のなかにいて
      パパといっしょに みまもっています。
                       天国のママより ”

そして、これが翔くんへの天国のママからの最後のメールとなりましたとさ、

 めでたしめでたし!!    では又 いずれ、参上仕り候。

 ※尚、この文章は6年前の冬に某新聞のコラム欄にあった小さな記事を基に
   ワチキが創作したフィクションにて候。 悪しからず!

2003年5月5日(月)



【嘘のようなちょっぴりホントのお話<ある手紙編>】

拝啓

   若葉の鮮やかな季節、小田様にはお元気に執筆活動をされている事とお慶び申し上げます。
 また平素からひとかたならぬご愛顧を賜り、心から感謝申し上げます。
   実は誠に突然ではありますが、私どものレストランを来る6月30日をもちまして、
 閉店することと致しました。長年ご贔屓いただいた皆様には
 直接お伺いしてご挨拶を致さなければならないところを書面にてのご報告で
 失礼させていただく段、 ご了承下さいませ。
 とくに小田様には、亡きお父上様からの数十年に渡るお引き立て戴き、
 誠に心苦しゅうございます。
  また、昨年11月8日にお越しの際にはご質問をいただきながら、
 余りの体調不良の為にご返答できなかったことがとても心残りでございました。
 そこで今日勇気を持って筆をとり、したため致しました。
 なお乱筆の段は、どうかお許しください。
 何分亡き妻同様の難病を病んでいる身にございます。
  さて、ご質問いただいた11月8日の当店の左角にあった花とキャンドルに飾られた
 空席の予約テーブル席のことですが、
 それは今から8年前のあの日からのお話となります。
 8年前のあの日、一組の結婚式を挙げたばかりの新婚カップルがあの席にお座りになり、
 お食事をなさいました。まさに幸せいっぱいのお二人でした。
 そして次の年もあの日にお見えになり、
 結婚記念日の祝いをあのテーブルでなさいました。
 横山様という客船乗務員をなさっている旦那様とそれはお美しい奥様でした。
 その年もとてもお幸せそうなお食事の光景でございました。
 ところが、3年目には1通の電報と1万円の郵便為替だけが旦那様から届きました。
 電報によれば奥様は急性白血病でお亡りになり、ご自身は航海中で来られないとか。
 ついては、どうか二人の想い出のあのテーブルは自分たちの為にあの夜だけは
 予約済にしておいてくれないかと言う内容でした。
 あの清楚でお美しい奥様がお亡くなりに・・・。
 もちろん、私どもはご希望通りにいたしました。
 そして、それから毎年決まって電報と郵便為替が世界のいろんな港町から届きました。
 私どもは毎年、あの日のあのテーブルには二本のキャンドルと
 奥様がお好きだったかすみ草とカーネーションのアレンジされた花を飾りました。
 それを小田様が昨年のあの日ご覧になり、いつまでも現れない予約客に関心を持たれ
 ご質問されたのです。そんな経緯があの日の、あのテーブルにはございました。
 それと、海のかなた遠くの空で亡くなった奥様を想っていらっしゃる、
 横山様のお心に感銘した私どもは、 毎年送られてくる郵便為替のお金を奥様が眠っておられる
 教会に献金してまいりました。
 でも、それも誠に残念ながらもうできなくなりました。
 私どもにとっては、あの海が眼下に見える小さなレストランが
 とても大切な宝物の玉手箱であり、誇りでございました。
 沢山の方達と出会い、多くの想い出をいただきました。
 誠に感謝に堪えません。
 でもきっと何人にも必ず別れの時があるように、あの店にもそろそろお別れの時をと
 イエス様がお決めになったのでしょう・・・。
 そしてたぶん、今年の冬には私も亡き妻の元へ旅立つことになりそうです。
 永遠に続く時のなかで、人の命の時間はなんてわずかなのでしょう! ・・・儚いものです。
 本当に長い間、ありがとうございました。
 それではくれぐれもお体をご自愛のうえ、ご活躍くださいませ。

敬具

そして、読み終えた小田は原稿用紙にペンを走らせた。
  “ある日、心に響く一通の手紙が届いた。
               とある海を見下ろす瀟洒(ショウシャ)なレストランから、”と。

  ※尚、この文章は9年前の冬に読んだ本の短編実話を基に
    ワチキが創作アレンジいたし候。前回に続き悪しからず!

又、この連載シリーズは今回にてひとまず一休みさせていただき、次回からは
新連載 “歳三調べ報告” をお送りいたしますので、どうかお楽しみに!!

2003年5月20日(火)


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2002年 8 月25日〜2002年11月19日



                                                   

 

 

 
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